「あると思います芸人」天津木村の現在!岩手移住と年収の真相
「吟じます!……あると思います!」というフレーズとともに、伝統芸能の詩吟と下ネタを組み合わせた「エロ詩吟」で一世を風靡したお笑いコンビ・天津の木村卓寛(天津木村)。フジテレビ系『爆笑レッドカーペット』を皮切りに爆発的なブームを巻き起こし、2009年には「新語・流行語大賞」にノミネートされるなど社会現象となりました。しかし、ブーム終焉に伴うテレビ出演の激減、月収数万円への転落、そして家族を養うためのロケバス運転手への転職など、その後の足跡はまさに波乱万丈でした。
かつて「一発屋」の烙印を押された彼は、岩手県盛岡市へ移住し、ローカルタレントとして大復活を遂げています。キー局中心の芸能界から距離を置き、地方に骨を埋める覚悟で再起を果たした背景には何があったのか。ロケバス運転手時代に出会ったタレント・ヒロミとの絆、相方である天津飯大郎(旧芸名:向清太朗)との現在、そして気になる推定年収のリアルまで、取材現場の証言や最新データを交えて徹底検証します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:「エロ詩吟」で大ブレイクした天津木村は、ブーム終焉と仕事激減を経て大型二種免許を取得し、ロケバス運転手として糊口をしのいだ過去を持つ。
- 要点2:タレント・ヒロミの専属運転手を務めた縁と助言を機に、2021年に岩手県へ単身移住(のちに家族も合流)。ローカル番組の顔として絶大な信頼を獲得している。
- 要点3:岩手での複数本のレギュラー番組やCM出演により、現在の推定年収はブレイク全盛期に匹敵する水準へ回復し、お笑いコンビ「天津」としても解散せず独自の活動を継続中。
【2026年現在】「あると思います」エロ詩吟芸人・天津木村の劇的転身
テレビの黄金期に「エロ詩吟 芸人」としてお茶の間を席巻した天津木村。かつて過激なネタで賛否両論を巻き起こした姿は鳴りを潜め、現在は「岩手のお茶の間に愛される爽やかな情報番組MC」というまったく新しいパブリックイメージを確立しています。
拠点を東京から岩手県盛岡市へと移した木村は、岩手朝日テレビの情報番組『Go!Go!いわて』でMCを務めるなど、複数の岩手ローカルレギュラーを抱える売れっ子タレントとして多忙な日々を送っています。地元商店街のロケでは高齢者から小さな子どもまで「木村さん!」と親しげに声をかけられ、県民の認知度と好感度はキー局時代のそれを遥かに凌駕するレベルに達しました。
芸能界において「一発屋芸人」の地方移住は珍しい事例ではありません。しかし、木村の場合は単なる都落ちや一時的な腰掛けではなく、家族全員を盛岡市に呼び寄せ、生活の基盤を完全に地域へ根付かせた点に大きな特徴があります。自らの芸風だった下ネタを完全に封印し、誠実なリポーター兼司会者へと自己変革を遂げた姿は、エンタメ業界内でも「地方創生タレントの最も成功したモデルケース」として高く評価されています。
「エロ詩吟」元ネタと爆発的ブレイクの光と影|月収数百万円から数万円への転落
そもそも「あると思います 元ネタ」とは何だったのか。その発端は、木村の実家が詩吟の師範家系であり、自身も詩吟の師範代(吟号:木村秀翠)という本格的な資格を保持していたことに遡ります。1999年にNSC大阪校の同期である向清太朗と「お笑いコンビ 天津」を結成し、長らく関西の劇場を中心に正統派漫才を展開していましたが、決定打に欠ける日々が続いていました。
転機が訪れたのは2008年。厳格な詩吟の節回しに乗せて、日常に潜む下品な男心や女性の生態を朗々と歌い上げ、最後に満面の笑みで「あると思います!」と言い切るシュールな芸を考案。これが『爆笑レッドカーペット』の「満点大笑い」を契機に大ヒットし、瞬く間に全国区の人気を獲得しました。
しかし、下ネタを主軸とする芸風は諸刃の剣でした。PTAからの抗議やコンプライアンスの厳罰化、ブームの急速な消費が重なり、2010年を境に出演番組は激減。本人も当時の特番インタビューや手記で「全盛期の最高月収は300万〜400万円に達したが、ブームが去った数年後には月収数万円にまで落ち込み、家族を養うことすら困難になった」と赤裸々に告白しています。光が強かった分、その後に訪れた影の深さは想像を絶するものでした。
どん底を救ったヒロミとの絆とロケバス運転手時代|人生を変えた「運転席での教え」
テレビ局からのオファーが途絶え、アルバイトを探さざるを得なくなった木村が選んだのは、「大型二種免許」を取得してロケバス運転手になる道でした。プライドを捨ててハンドルを握った木村でしたが、かつての共演者や後輩芸人を乗せる日々に、当初は深い屈辱感と葛藤を抱えていたといいます。
そんな彼の運命を大きく変えたのが、タレント・ヒロミとの再会でした。木村が運転手を務めていることを知ったヒロミは、彼を嘲笑するどころか「一生懸命働いているんだから何も恥じることはない」と温かく受け入れ、自身の専属運転手兼付き人として登用。「天津木村 ヒロミ 弟子」と報じられる強固な師弟関係がここから始まりました。
ヒロミは運転席の木村に対し、芸能界の構造や人との接し方、チャンスが巡ってきたときの心構えを徹底して教え込みました。関係者の証言によると、ヒロミは周囲のスタッフやプロデューサーに対しても「木村は礼儀正しくて真面目だから、何かあったら使ってやってくれ」と頭を下げていたといいます。このロケバス運転手時代に培った「謙虚さ」「気配り」「愚直な労働倫理」こそが、後の岩手での大躍進を支える決定的な土台となりました。
岩手移住の真の理由と現在のレギュラー・推定年収を徹底解剖
「天津木村 岩手移住 理由」には、単なる仕事の獲得を超えた深い背景が存在します。2021年春、岩手朝日テレビから新番組『Go!Go!いわて』のMCオファーが舞い込んだ際、当初の提案は「東京から新幹線で通う週末タレント」という形態でした。しかし、これに異を唱えたのが他ならぬヒロミでした。
「中途半端に通うくらいなら、岩手に住んで骨を埋める覚悟を見せろ。そうすれば地元の人たちも本気でお前を応援してくれる」――。背中を押された木村は、単身で盛岡市のアパートへ移住を決断。移住後は毎日のように岩手の自然、食、人々の温かさをブログやSNSで発信し、1年後には妻子を東京から呼び寄せて家族全員での完全移住を果たしました。
| 項目 | 詳細・数値データ | 一般的な基準・相場 | 編集部の見解・評価 |
|---|---|---|---|
| 全盛期(2008-2009年) | 最高月収約350万〜400万円 (推定年収3,000万〜4,500万円) | キー局ゴールデンブレイク芸人の典型値 | 一過性の流行による急激なバブル。単価は高いが持続性に欠けた |
| どん底期(2015-2019年) | 月収数万円〜20万円台 (ロケバス運転手等の給与合算) | 下積み・売れない芸人の平均水準 | 家庭崩壊の危機に直面しながらも、運転免許取得と人脈形成に充てた雌伏の時 |
| 岩手移住後(現在) | 推定年収 2,000万〜3,000万円超 (TV・ラジオ週3〜4本、地元CM複数) | 地方局トップタレント・キー局準レギュラー級 | 生活コストの低さを加味した実質可処分所得は、東京の全盛期を上回る安定性 |
報道各社や業界関係者の試算によると、「天津木村 現在の年収」は手堅く2,000万円以上、CM契約やイベント司会が重なる期には3,000万円規模に達していると推測されています。地方ローカルのギャラ単価はキー局より低いものの、帯に近いレギュラー出演、地元優良企業のCMキャラクター、自治体イベントの司会など、ストック型とフロー型の収入が複合的に重なることで、極めて高い財務安定性を築き上げました。
一般に知られていない盲点とネットの誤解
ネット上では「天津木村は岩手に移住したということは、お笑いコンビ・天津は解散したのか?」「相方と不仲になって見捨てたのではないか?」という誤解が散見されます。しかし、お笑いコンビ「天津」は現在も解散していません。
相方である「天津向 相方 現在」の動向にも目を向ける必要があります。向清太朗は2024年に芸名を「天津飯大郎(てんしんはんたろう)」へと改名。アニメや声優コンテンツに極めて造詣が深い強みを活かし、大型アニメイベントの司会者、ライトノベル作家、声優番組の構成作家としてオタク市場で確固たる地位を築いています。
世間が抱きがちな誤解と実際の真相を整理すると、以下の通りです。
- 誤解1:コンビ仲が悪化して別々の道を歩んだ?
→ 真相:不仲による分裂ではなく、互いの得意分野を最大化するための「戦略的住み分け」です。木村は地方マスメディア、向はアニメ・サブカルチャー領域に特化し、定期的にコンビでのトークライブやラジオ企画も実施しています。 - 誤解2:岩手移住は吉本興業の地方創生プロジェクト(住みます芸人)の一環?
→ 真相:吉本主導の「住みます芸人」制度としての派遣ではなく、個人に舞い込んだローカルMCのオファーに対し、木村自身と家族の覚悟による自主的な移住決断です。 - 誤解3:今でもエロ詩吟の営業で稼いでいる?
→ 真相:岩手の番組や公の場では下ネタを完全に封印。地元住民との交流や食レポ、真摯なインタビュー技術で評価されており、芸風の脱皮に成功しています。
【プロの結論】地方ローカリズムとキャリア再構築|一発屋から脱却できる人の条件
社会学およびメディア論の視点から天津木村の復活劇を読み解くと、現代のタレントやビジネスパーソンに通底する「キャリアの再配置(リポジショニング)」の本質が見えてきます。
テレビタレントが一発屋として消費される背景には、東京キー局における「強烈なキャラクターの短期的搾取」という構造的リスクがあります。木村はその消費サイクルの犠牲者となりましたが、そこから這い上がれた要因は、かつての成功体験やプライドに対する「心理的バウンダリー(境界線)」を明確に引き直したことにあります。過去の「エロ詩吟芸人・天津木村」に固執せず、泥臭くハンドルを握り、地方の生活者に歩み寄った柔軟性こそが再起の鍵でした。
地方移住・リポジショニングで成功する人・失敗する人の判断基準
天津木村の軌跡から抽出される、キャリア再構築の適性条件は明確です。
- 向いている人の条件(成功するパーソナリティ):
- 「過去の肩書や栄光」を自ら脱ぎ捨て、新天地の文化や生活規範に全身で同化できる人
- 東京目線・都会目線の上から目線を完全に排除し、地域の小さなコミュニティに敬意を払える人
- 指示待ちではなく、自ら地域課題やローカルな魅力をSNSや現場で発信し続けられる人
- おすすめできない人の条件(失敗するリスクが高い傾向):
- 「東京で培った実績を地方に教えてやる」という特権意識や選民思想が抜けない人
- 家族の同意を得ず、自分の都合やロマンだけで強引に生活環境を変えようとする人
- 一過性のブームや話題性だけに依存し、地道な人間関係の構築を面倒だと感じる人
木村が盛岡の地で手に入れたのは、単なる金銭的な成功ではありません。東京の過密な競争社会では得られなかった「地域社会からの絶対的な承認」と「家族との穏やかな暮らし」であり、それこそが彼を人間として一回りも二回りも大きく成長させた本質と言えます。
【ある と 思い ます 芸人】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:「あると思います!」で有名な芸人の名前と所属コンビは?
A1:吉本興業所属のお笑いコンビ「天津(てんしん)」のツッコミ担当、木村卓寛(きむら たくひろ/天津木村)です。1976年生まれ、兵庫県出身。相方は天津飯大郎(旧芸名:向清太朗)です。
Q2:天津木村はなぜロケバスの運転手をしていたのですか?
A2:2010年以降、「エロ詩吟」のブーム終焉とともにテレビの仕事が激減し、月収が数万円にまで落ち込んだためです。妻子を養う生活費を稼ぐため、独学で大型二種免許を取得し、芸能人を送迎するロケバス会社で正社員・契約スタッフとして働いていました。
Q3:なぜ移住先が岩手県だったのですか?岩手出身なのですか?
A3:木村本人は兵庫県出身であり、岩手県に血縁などの地縁はありませんでした。2021年4月に岩手朝日テレビの新番組『Go!Go!いわて』のMC起用が決定した際、師匠筋であるヒロミからの「通いではなく移住して本気を示せ」という助言を受け、腰を据えて移住を決断しました。
Q4:現在の相方・向清太朗(天津飯大郎)との関係はどうなっていますか?
A4:コンビは解散しておらず、良好な関係を維持しています。相方はアニメMCやライトノベル作家として東京で活躍しており、互いに拠点は異なりながらも「天津」の屋号を守り、単独ライブやラジオ等で共演を続けています。
まとめ:天津木村の歩みから学ぶ「執着の手放し」と自己再生の道
「あると思います!」という一世を風靡したフレーズから十数年。天津木村が辿った軌跡は、華やかな芸能界の頂点からどん底の挫折を味わい、そこから自らの足で立ち上がった奇跡的な再生のドキュメントです。
彼が復活を遂げられた決定的な要因は、下ネタという自らの武器を潔く手放し、ロケバスのハンドルを握る謙虚さを持ち、そして岩手という新天地で地域の人々と愚直に向き合い続けた姿勢にあります。「過去の栄光への執着を捨て、目の前の仕事と他者に誠意を尽くすこと」。天津木村の現在の充実した笑顔は、激動の時代を生き抜くすべての現代人に対し、人生をリセットして何度でもやり直せるという確かな希望を示しています。 (出典: ある と 思い ます 芸人(Yahoo!ニュース))